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ある若い女性薬剤師の物語・11
これは彗星のように輝やきながら飛び去った彼女の人生の軌跡をたどる物語です。
その11、母の想い
愛する娘を亡くし、この2年間は悲しみでいっぱいで、
ほとんど心ここにあらず、といった感じですごしてきました。
亡くして初めてその存在の占める大きさを感じました。
亡くした当初は空を見あげれば娘の顔がいつもぽっかりと大きく浮かび、
月を見れば月の中にかぐや姫のように娘がいるような気がしました。
早春のある日、麦畑を歩いているとピピピーとヒバリの声、
娘がヒバリに姿を変えて
「おかあさん!」と呼んでいるような気がして、
思わず娘の名前を呼びながらヒバリを追いかけました。
ヒバリは高く高く空に舞い上がり雲の中に消えていきました。
テレビも新聞も心の中に入っていきませんでした。
娘が担当していた患者さんを引き継ぎ、カルテに娘の字をみると涙が出て、
その患者さんが帰るとそっと泣いていました。
瞑想をしたり、写経に行ったり。
「どうして死んでしまったの」という想いが一時も離れませんでした。
この悲しみからどうしたら逃れられるだろうか。
その時はそれが最善だった。
悩みはすこしずつ断ち切れていく。
他のことをしていることで断ち切れていく。
今、しなければならないことを、一生懸命やる。
その人を思い出すことをしない。
この言葉はМの患者さんだった、あるお坊さんからの教えです。
この言葉を書いた紙を洗面所に貼って毎日心に刻みました。
そして思ったのは今までの人生は自分のことだけで一杯で、
他人の苦しみ、悲しみまでは自分のことのようには思いやれなかった。
しかし、お釈迦様や浄土宗を作った法然さん、浄土真宗を作った親鸞、
中国まで修行に行った空海、禅宗を作った道元、
どの方も人々の苦しみをどうしたら救えるのだろうか、と苦しい修行を積まれました。
人のために苦しい修行をするなんて今まで考えもしませんでした。
しかし、このような偉大な方が修行の果てに悟ったことは
きっと意味があるだろう、と娘を亡くして始めて気づきました。
そして心の平安を求めていろいろな本を読みました。
震災以後多くの「こころ」の本が売れています。
多くの人がそれぞれ悲しみ、苦しみを抱えて生きているのでしょう。
般若心経の解説を幾冊も読み、はじめはわかりませんでしたが、
なんとなくよいことを書いてある、と感じるようになりました。
「何も考えない。昨日のことは考えない、
明日のことも思いわずらわない、今のことだけを一生懸命する」という教え。
2000年も人々が「ギャーテイギャーテイ、ハラギャテイ・・」と連綿と唱えている、
ということはすごいことです。自分の心を無にして唱えるようにしています。
娘は本当に明るく楽しい人でした。
いっぱい幸せをもらいました。
そしてまた、このようなことを人生で始めて気づかせてくれた娘に感謝しました。
きっと娘は「おかあさん、のんきに暮らしていてはだめよ」
と私に言いたかったかもしれない、と思ったりしました。
この地球からいなくなっても、魂は消えません。
この明るく元気な人は、宇宙のどこかで楽しそうに私たちを見守っていると思います。
振り返っても仕方がない。人のために尽くしながら、感謝の心を持って、前向きに生きていく。
当たり前のこのことがようやくわかりかけました。
私には私のことを心配してくれる家族がいます。
そして漢方の相談を求めて多くの患者さんがいらしています。
その方たち一人一人が自分の家族、子供だと思い、
精一杯慈しみの心で接していきたいと思っています。
* *次回は、「その12、患者さんからの応援」です。* *