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孫悟空のように雲に乗って空を飛ぶ、がごとし
中医学を学んでいると古典の文章が一杯出てきます。
漢詩を読んでいるような韻を踏んだ文章や、なるほどと思う文章。
医学を学びながら実際は東洋哲学の世界で遊んでいるような気がします。
そんな中医学を教えて下さっている、中国の中医師(漢方専門医)のお一人にA先生
がいらっしゃいます。
私は20年以上毎月講義を聞いたり、北京にある先生のクリニックに
研修に行ったりしています。
お父様は漢方の人間国宝で今99歳、現役の医師で、昨年は万里の長城に上られています。
そのA先生が中学生の時に文化大革命がはじまりました。
医師は知識階級なので迫害され、本は焼かれ、ノートも焼かれ、
先生は中医学の勉強をすべてお父さんから口頭で教えていただいたそうです。
ノートはないのですべて頭に叩き込み、掌に書いて暗記したそうです。
夏は汗で消えてしまい、冬は凍えて手はかじかんだそうです。
自分の将来はどうなるだろう、と目の前が真っ暗になる思いだった、
とおっしゃっていました。
本もない、ノートも取れない、という状況で、すべて頭の中に叩き込んだので、
今講義の中で先生は、ほとんどすらすらと古典の長い文章が出てきて、
達筆な文字で白板に書いて下さいます。
中国でも日本でもこのような先生は数少ないでしょう。
先生の講義を聞いていると、
孫悟空が白雲に乗って空を飛んでいるような気分がしてきます。
大変なご苦労の後、日本人のために、私たちに中国の宝、中医学を
教えて下さっている中国の先生方には心より感謝申し上げるしかありません。
写真は中医食養学会大会で。
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日本で活躍している中国漢方医の物語
今、日本で漢方、正しくは中医学を正しく普及させてきたのが、
日本にいる中国の漢方医である中医師たちです。
その中医師たちの多くは、文化大革命を経験した年代です。
1966年(昭和41年)から約10年間続きました。
日本人には想像もつかない過酷な運命を背負って、
今、日本で活躍し、日本の人達の健康向上に貢献して下さっています。
私が、少しですが聞きかじったことを、これから数回に分けて書いていきたいと思います。
文化大革命、正しくはプロレタリア文化大革命と言いますが、
これは資産家、医師など知識人は人民の敵であり、排除すべきで、
労働者が第一、という毛沢東の思想のもとで行われた革命です。
その知識人たちは、その生まれそのものも非難され、糾弾され農村に下放されました。
今、日本にいる50代60代の人たちの親は仕事を剥脱され、
農村に送られ慣れない農業などをやらされ、
その子供たちも、一番の子は最下位に落とされたそうです。
私が中国語を教わった東大の留学生、Aさんもそんな一人です。
姓を聞けば気づくかたもいると思いますが、清朝末期の貴族の出身です。
両親は糾弾されて生死不明となり、12歳の彼女が6歳の弟を育てたそうです。
信じられない話ですが、彼女の話では病院の院長は職を解かれ、
運転手となり、運転手が労働階級だからと優遇され、
病院の医師待遇になり、手術を任された。
当然出来ないので、元院長が窓の外から手術を指示していた、ということです。
彼女の弟は小学校の入学式の前日、皆が着ていく入学式用の白いシャツがなく、
入学式に行くのは嫌だ、というので、12歳の彼女が徹夜をして縫って、明け方仕上げました。
弟に着せようと起こしに行くと部屋にいません。
探しに行くと弟は外で遊んでいました。
自分には白いシャツがないから入学式にはいかない、
と泣きながら言うので
「お姉ちゃんが縫ってあげた。」と渡すと大喜びした、という話をしてくれました。
中国と日本は、政治的にギクシャクしていますが、
個人的に私が知っている中国の方は温厚でいい方ばかりです。
人の話もよく聞いて下さいます。
日本は中国から多くの文化を学んできました。
中医学もその一つです。
これからの高齢化社会に向けて中医学の知恵は大いに役立ちます。
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中国漢方の大学で皮膚科の研修
6月1日から雲南中医薬大学で皮膚科の研修に行ってきました。
中国ではアトピーは少なく、乾癬やニキビの方が多く来ていました。
アトピーが少ないのはなぜか、研究する余地があります。
*写真 雲南省中医医院皮膚科*
副院長の葉先生の隣に座って患者さんの診察風景を見て、
一つ一つ詳しく説明してくださいました。
何年も行って顔なじみの私の眼を見ながら、
中国語で熱心に説明してくださるのですが、
十分中国語が聞き取れず、恥ずかしくなってしまいました。
もちろん通訳の先生がきちんと日本語で話してくださいますが。
皮膚の写真も、快く患者さんが撮らせてくれました。
一日何十人の患者さんすべてに食事の注意のプリントを渡しながら説明され、
そのエネルギーに感心しました。
研修の前日、上海で飛行機が雷雨で遅れ、ホテルに着いたのが午前2時、
トランクを開けたりで、寝たのが朝4時、6時半にはモーニングコールで起こされ、8時半に出発。
寝不足で研修ができるかどうか心配でしたが、漢方薬をたくさん飲んで、
夜の歓迎会まで元気に過ごせました。